天狗の宿り木と恐れられた杉の巨木
どんな伝承か
山口県の滑から島根県の吉賀の奥へかけての官林の杉は、十人が両手をつないでやっと測れる大木で、中ほどに雲がたなびくほど高かったという。人々がそれまで切らなかったのは天狗の宿り木と信じられていたからで、この山に入ると天狗に投げとばされるといって、めったに人は入らなかった。国有林の役人が伐採を始めても、日原奥の人々は誰も参加せず、最初の杣人は岐阜県の山中から大勢来た。美濃の杣人たちは木を切るとき必ず根に斧を立てかけ、おみきを供えて山の神に許しを乞い、切ると切株に杉の枝を立てた。天狗の宿り木の代りを植えるという意味である。土地の人はその作法を見て、山の神々をなだめる方法もあるものだと思ったという。
原典より
人々がそれまでそういうスギを切らなかったのは天狗の宿り木だと信じられていたからで、日常もこの山にはいると天狗に投げとばされるといって、めったに人のはいることはなかった。—— 日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語)
『日本人物語5――秘められた世界』は、日本人の暮らしの奥にある秘められた信仰や伝承を扱った叢書『日本人物語』の一冊である。境の神や通過儀礼を論じる序論に続き、入らず山や隠れ里、竜宮、平家谷、埋蔵金、生まれ代わり、あの世を見た話、魔法使い、生霊、秘密結社、狐憑きなどを、伝承と昭和三十年代までの新聞記事・見聞を織りまぜて述べる。序論「生活文化の秘密性――はじめに」の後、「奇蹟」「不気味な神々」などの区分の下に短い節を並べる。