柿の木の下に現れた神童と小野の墓所
どんな伝承か
『小野村案内』の柿本人麿の由緒は、柿本氏を孝昭天皇の皇子天足彦国押人命の後裔とし、代々大和に住んで柿本を氏としたが、後に石見へ移って戸田郷小野の里に住んだと記す。人麿の誕生については、小野城主の妾腹に生まれ、母は陪従した綾部氏の娘で名を賀目といい、寒中百日の祈りをして身ごもったとする説を伝える。また柿本社の旧記には、戸田郷小野の民家の後園の柿の木の下に七、八歳の神童が現れ、翁と姥がこれを養育したとある。神童は父も母もなく、ただ風月の主として敷島の道を知るのみと答えたという。歿所は高津郷鴨島の旅寓で、遺骨は分けて一つを鴨島に納め、一つを郷里戸田郷小野に葬って祠を建て、以後四十七世にわたって奉仕してきたと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。