珠を投げて定めた比弃の宮居
どんな伝承か
百済の禎嘉王は福智王に位を譲ったが、国が乱れたため日本へ渡った。福智王は児湯郡の蚊口浦に着き、道中で馬具や着衣を石の上に置いて干したので、その地を毛比呂毛具良加計という。住む場所を占うため珠を投げると十八里先に止まったので、そこに住み比弃と名づけた。禎嘉王は臼杵郡の金浜に着き、七十八里離れた地に住んだ。やがて百済の軍が攻め寄せ、王は伊佐賀坂で迎え撃ったが流れ矢に当たり、次子は戦死する。福智王が比弃から救援に来たが兵糧が乏しく、臣の益見が多くの鹿を射て兵食とした。王は塚原に葬られて神門大明神、福智王も没して比弃大明神と称された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。