鬼八塚と御毛沼命の猪祭
どんな伝承か
三田井町の西端、道路の右手の低地に、鬼八塚という石碑がある。高さ三尺、幅一尺五寸で、鬼八塚の文字と、側面に文久元年七月の年紀が刻まれている。往時は塚の地域が広大であったが、次第に開墾されて今は数坪を残すのみである。鬼八または鬼八法師とは後世の仏徒が付けた呼び名で、実の名は走建という。健脚で山川をよく駆けめぐる者の意で、上古この地方における異族の巨魁であった。押方村の蘭の里あたりに拠って良民を害したという。御毛沼命が兵を率いてこれを誅伐したが、寸断した屍体は一夜にして接合したので、さらにその断片をこの地と肥後の各地に埋め置いたと伝える。後世、里民はその霊を祭って鬼八申霜宮と称し、早霜が秋の収穫を害さないよう祈った。維新前には猪祭と称して、野猪一頭を付き添い三十二人で、わざわざ岩井川から運んで碑前に供え、その肉片を分けて持ち帰り自村で祭儀を挙げるのが例であったという。
原典より
三田井町の西端道路の右なる低地に鬼八塚という石碑あり。—— 日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。