奈良法皇の名が転じた鳳凰山と御座石
どんな伝承か
昔、奈良法皇が甲斐国奈良田に流されたとき、鳳凰山に登り、西の空を眺めては都を慕ったという。帰る途中、山中の平らな巨石に心を寄せ、その上に敷物を敷いて休み、一夜の宿ともしたと伝わる。法皇は再び登って四方の景観に見とれ、「わが霊は峰に留る」と言い残した。山中の御座石の名は、法皇がこの石で休まれたことに由来するといわれる。この山嶺は地蔵・観音・薬師の三山から成り、古くから庶民の信仰が厚く、今は南アルプスの鳳凰山として登山客の絶えることがない。
原典より
昔、奈良法皇が、甲斐国奈良田に流された時、鳳凰山に登り、遙西(にし)の空を眺めては都を慕帰途山中に平坦な巨石に、お心をよせられ、その上に を敷かせて、お休みになり、又一夜の宿にもなれた。—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。