片目の諏訪神と蕎麦の禁忌
どんな伝承か
天照大神が国土経営の思召をもって経津主神と武甕槌神を出雲に遣わされたとき、大国主命とその子事代主命は命令に従ったが、建御名方神は従わず激しく戦った。建御名方神はその場を逃れて信州富士見の御射山神戸まで走り、そこで武甕槌神と組討ちしたが、蕎麦畑に組み伏せられ、蕎麦の小枝で目を突いて失明したという。その後、建御名方神はこの地に留まって産業開発に力を尽くしたので、諏訪明神として祀られ尊敬を受けた。円野町の宇波戸神社は諏訪神社の分神であるため、当村では今も蕎麦を栽培せず、蕎麦を食うと目がつぶれるといって食べない。建御名方神が戦ったのは円井の今の神社のある付近だともいわれる。
原典より
天照大神が国土経営の思召を以て、経津主神、武甕槌神の二神を出雲に遣わされた時、大国主命とその子事代主命は、その命令に従ったが、建御名方神は従わず、激しく戦いをかわし、その場を逃れて信州富士見のゴウド(御射山神戸)まで走り…—— 韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(韮崎市教育委員会・1967年(昭和42年))
『韮崎市の民話伝説』は、韮崎市教育委員会が昭和四十二年に発行した民話・伝説集である。韮崎・円野・中田・穴山・藤井・神山・穂坂・清哲・旭・大草・竜岡の十一町で民俗資料調査員が集めた百六十八話を収め、武田信玄・勝頼や鎮西八郎為朝、弘法大師の話、山の神のたたりや化かされた話などに話者名や『裏見寒話』などの出典を添える。巻頭に昔話と伝説の解説を置き、本文を木・石・水・塚・坂峠・山・谷沢・屋敷跡城址・祠堂・その他の十部に分ける。