義貞ゆかりの八国山の将軍塚
どんな伝承か
所沢市久米の将軍塚は八国山のふもとにある。元弘のころ、新田義貞が府中の分倍河原で鎌倉勢に敗れた際、踏みとどまって討死した飽間斎藤氏を弔うために築いた塚だという。別の伝えでは、元弘三年五月に義貞が久米の八幡神社に祈り、この塚に陣を張って鎌倉を攻め落としたともいう。『新編武蔵風土記稿』は塚の上に浅間の小社があって富士塚とも呼ぶと記し、義貞が旗を立てて床几を据えたという土地の説には疑いを向けている。
原典より
新田義貞が府中の分倍河原で鎌倉勢と戦って敗れた時、戦死した飽間斎藤氏のために築いた塚であるという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。