般若姫の廟所と伝える般若寺
どんな伝承か
豊後の真野長者の娘の名を、般若姫とする伝えもある。周防大島には般若寺という寺があり、そこが姫の廟所だという説と関わりがあるらしい。柳田は、姫の母である長者の妻も玉世姫と呼ばれていたので、母娘の名の重なりを避けるために娘を般若姫と呼んだのだろうと推し、ここにもこの物語の古い変化が認められるとしている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。