布川の鳩麦煎餅
どんな伝承か
疣から四年ほど後、親に別れて関東の土を踏み、茨城県の西南隅、布川という町にしばらく住んでいた。その頃がちょうど鳩麦煎餅という、紙の筒に入った丸い煎餅が人気に投じて盛んに売り弘められた時で、その製造元は布川から五六里の、たしか鳩崎という小さな町にあった。ハトムギという名称がいつ頃いかなる人の群によって命名されたかを語り得る人はいない。この煎餅の商標に二羽の山鳩を向い合せたのが、中古の男山の神号の文字や熊谷家の紋所などを連想させて感じがよく、半ばはこれが人気の種となって東京にもその以西にも売れて行き、頼まれもせぬのにこれを煎餅原料の名と認めてくれる人が多くなったのかと思う。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。