土佐柏島沖のビロウ島
どんな伝承か
保安林の制度ができる前には島の木が盛んに伐られ、名ばかりビロウ島と呼ばれて木の絶えた島がいくつもある。土佐の西南、幡多郡の柏島から一海里ほど沖に、地図にもビロウ島と記された岩山がある。土州淵岳志はこれを蒲扇島と書き、土地の者が舟で渡って蒲葵の葉を採り、笠に縫って売り買いしたと記す。ところが柳田の友人が行政裁判所の臨検で渡ったところ、ビロウはもう三本しか残っておらず、島じゅうに岩菅の大株が茂り、カツオ鳥と呼ばれる大水薙鳥が無数にその陰で雛を育てていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。