開かずの箱が語る大塔宮若宮の冠
どんな伝承か
君津郡中村白駒の枇杷ヶ谷に住む山田幸二郎の屋敷の裏に、幾重にも紙で封じた箱があり、開いてはならないと伝えられてきた。明治二十一、二年ごろ、当主の幸二郎がふとこの箱を開けると古い文書が出てきた。片岡主膳吉長は建武年中に上総へ下り、後醍醐天皇の第二皇子大塔宮の若宮を守護してここに来て、暦応元年に若宮の冠を白駒郷萩野の里の土中に埋めて塚を築き、康永二年に掘り出して枇杷の箱に納め、稲荷大明神に勧請したので枇杷ヶ谷というのだという。文書は吉長の二男山田政長が書き置いたもので、文化十三年写とある。「房総雑記」は親王が難を避けて山間に隠れたのだろうと述べ、二間塚のみさいぎという山が陵墓だと伝えている。
原典より
白駒村枇杷ヶ谷と言ふ処の山田幸二郎といふ者の屋敷の裏に、幾重ともなく紙に封じて、結び付けたるものがあつた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。