三箇蔵山の如来
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
将軍が戦勝祈願のため三つの蔵を造り、地中から出現した馬頭観音像を安置して三箇蔵山と名づけたと伝える観音寺の縁起譚。
原典より
康元二年、鎌倉将軍藤原頼経が、大多喜の城を興して、行軍必勝の用を込めやうため、三箇の蔵を造られ、地中から出現したといふ馬頭観音菩薩の像を安置して、三箇蔵山と名づけた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。
種別から探す
大多喜町の伝承
広告枠(AdSense)