天狗にさらわれた人々
どんな伝承か
東上総の夷隅郡中崎村に、源左衛門という農夫がいた。この男が七歳のとき、七五三の祝いに馬の模様の着物を着て氏神の八幡宮へ参ったところ、社のあたりで白髪白鬚の温顔の山伏に誘われ、行方が知れなくなった。八年目に相州大山の里人が、ぼんやりと立っている少童を見つける。住所も名も覚えていなかったが、腰の守札に国名と名が刻んであったので、宿送りで郷里へ帰された。三年の間は無事だったが、十八歳のとき、さきの山伏が訪ねてきた。その顔を見ると否むことができず、またこれについて家を出た。山伏の背に乗ると、たちまち風を切って飛び立ち、降りたのは越中立山の大きな洞窟であった。二十畳敷ほどの広間に山伏姿の者が十一人ほど坐しており、この山伏——権現という天狗を迎えて上座に据えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・昭和)
武田静澄『河童・天狗・妖怪―民俗随筆』。全国の妖怪伝承を天狗・河童・ざしき童子・妖怪心理の四部で随筆風に集成する。天狗篇では天狗の団扇・誕生、祈禱くらべ、天狗に憑かれた女、幻術つかい、神かくし、天狗にさらわれた人々(お庭番のゆくえ・天から降った男・ふたり夫・天狗六兵衛・おかんの末路)、神かくしにあう心理、ぐひん餅と山荒れ、天狗の相撲場などを収める。