写経する維蓮坊をさらった山伏姿の天狗
どんな伝承か
建保の頃、京の大原に維蓮坊という僧がいた。写経をしていると障子の外から名を呼ぶ声がする。聞き慣れぬ声なので会わずにいると、後ろの戸を開けて恐ろしげな山伏姿の男が入って来た。天狗と悟った維蓮坊は手足が萎えたが、一心に十羅刹を念じて写経を続けると、山伏は尊いことだと独語して帰った。翌日は僧正と称する一行が現れて誘い出し、番僧が縄で縛ろうとしたが、小刀で払ううちに消えた。次の日、再び山伏が現れ、毛の生えた腕で手を掴む。小刀を突き立てても放さず、外へ引きずり出されて大空高く舞い上がり、山中の古い寺院風の建物へ下ろされた。法師が菓子や酒を勧めたが、肴はどれも見たこともないものばかりであったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。