三明寺殿の御所
どんな伝承か
横山(旧大多喜)の地は、古く三明寺殿と言われていた。今はその名が土地の寺院に残るばかりだが、往時は旧三明寺(真言宗)をただ御所と呼んでいた。今でも村の墓地の傍らに御所様の石塔が建っており、これは三明寺殿の御廟の跡だという。旧三明寺の墓地には古びた石碑が二基あり、一つを三明寺殿の塔、一つを姫君の塔と呼んでいる。石塔の背後の地を御所、向かいの谷を蟹ヶ谷、その傍らの馬繋ぎと称する所を駒の越といい、当時その旧跡から刀・鎧・器などが出たと伝えられているだけで、詳しいことはわかりかねる。
原典より
横山(旧大多喜)の地は、古く三明寺殿と言はれてゐた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。