干潟十八ヶ村、名付け
どんな伝承か
椿の海を干拓してできた村々には、もとの村との対応で名が付けられたと伝わる。松ヶ谷の下は「松は千年、幾世経るらん」の意で幾世、岩井の下は滝水が清く流れる意で清滝、蛇園の下は蛇の形にちなんで長尾、椿の下は椿の海の根元ゆえ春海、飯塚の下は米を持たねば飯は炊けぬ意で米持、といった具合である。また干潟開発の際、後草・三川・野中の方へ堀割りを進めたが底が岩で成就しなかったため、新造の舟に神明宮を勧請して風任せに流し、流れ着いた鎌数に印を立てて堀割りをしたところ干潟となった。人力の及ばぬところを神明の加護が助けたとして、鎌数に神明宮を勧請し、干潟十八ヶ村の惣社としたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東庄町史 下巻(東庄町)
『東庄町史 下巻』は、下総の香取郡東庄にあたる千葉県東庄町の町史下巻のうち、「民話・伝説」の項である。須賀山の地名伝説、高部と羽計の狐の祝言、鉄牛禅師の墓と城山の大蛇、花香稲荷縁起、小南の七不思議、黒部川と児塚の由来、姥捨ての定命窪など、町内の各区に伝わる十五の話を収める。各話に区名を添え、『かぎろひ』記念特集号や『県民の森の歌』、「上代郷明細記」「東荘志」、旧家文書などの出典を記している。