干拓を恨んだ主の蛇と鉄牛の墓
どんな伝承か
香取郡東庄町小南の、通称城山と呼ばれる丘の福聚寺に、鉄牛和尚の墓がある。和尚は、かつて椿の海と呼ばれた湖を干拓し、今の干潟八万石の水田を開いた功労者として名高い。県の史跡に指定されたこの墓石には、ヘビが巻きついたような跡が残っている。一九三一年に県の史跡調査に当たった人の話では、昔、椿の海には主と呼ばれる蛇がすんでいたが、鉄牛和尚らの働きで湖が立派な水田に変わり、すみかを失ってしまった。行き場をなくした蛇は丘へ上がり、恨みのあまり和尚が亡くなった後に墓石へ巻きついたので、その跡が残ったのだと土地の人々は語り伝えている。
原典より
干潟八万石といわれる水田を望む香取郡東庄町小南の通称城山の福聚寺に、椿の海とよばれたいまの干潟八万石の、干拓功労者として名高い鉄牛和尚の墓がある。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
『房総の年輪』は、房総各地の伝説・昔話・信仰の伝承地を一項ずつ取り上げた短い文章を集めたもので、著者と刊行の事情は原典に記されていない。香取の要石や真間の手古奈堂、松虫姫、源頼朝や義経の伝説地、沈鐘伝説、椀貸伝説、河童や天狗、海の怪異「もうれん」などを、『譚海』『上総国誌稿』や市町村の民話集を引きながら所在地とともに記す。各項は読み切りの小文で、昭和四十五年と四十七年の年頭に書かれた項を含む。