榛名湖に沈まなかった善導寺の供物箱
どんな伝承か
『西野私記』は善導寺住職の談話として次の話を伝える。増上寺から善導寺に来た騰誉和尚は、当初、榛名湖への供物を毎年使僧に持たせて自らは行かなかった。供物が湖に沈まなければ住持の不徳を仏が示したものとして寺を去らねばならぬと言い伝えられていたからである。しかし剛毅な和尚は一度は自ら供えようと決め、白米を炊いて箱に納め、群衆を従えて湖に押し出した。ところが箱は沈まず波に押し戻され、和尚は湖へ身を投げようとまで思いつめたが、恥を忍んで寺に帰った。心を清め日を改めて再び捧げると、箱は糸で引かれるように湖中へ沈んだ。後年はまた使僧に持たせるようになったと聞いて微笑する人も多かったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県史 資料編 27(群馬県史)
『群馬県史 資料編 27』は、群馬県の県史の資料編の一冊で、収めるのはその「第三章 伝説」である。伝説の定義と分類、『神道集』や近世の地誌から明治以降の郡村誌・伝説集に至る県内の調査の歩みを述べ、赤城と日光の神戦、赤堀道元の娘と木部姫の入水、文福茶釜、羊太夫、弘法伝説などを群馬の伝説の特色として論じる。続いて代表例を自然的・社会的・信仰的伝説の三つに分け、各地の口承と古記録を伝承地を添えて並べる。