疫病の年に田植を手伝った広橋地蔵
どんな伝承か
下之前に広橋地蔵と呼ばれる地蔵様がある。律義な百姓がこの地蔵を朝晩信仰していた。ある年疫病が流行り、誰も手伝いに来ないので一人で田植をしていると、どこからか子供が来て毎日手伝ってくれた。早く仕上がったので夕飯を食べていけと振り向くと姿が無い。後で地蔵のところに子供のはだしの足跡があり、地蔵が手伝ってくれたと分かって夫婦でお礼参りをした。訳を聞いたムラの人々は地蔵を粗末にしてはならぬと大掃除をして祀り、その後疫病はきれいに収まった。地蔵のおかげと堂を建てて七日間祀ったのが、今も下之前で続く七日間の地蔵まつりの起こりだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県史 資料編 27(群馬県史)
『群馬県史 資料編 27』は、群馬県の県史の資料編の一冊で、収めるのはその「第三章 伝説」である。伝説の定義と分類、『神道集』や近世の地誌から明治以降の郡村誌・伝説集に至る県内の調査の歩みを述べ、赤城と日光の神戦、赤堀道元の娘と木部姫の入水、文福茶釜、羊太夫、弘法伝説などを群馬の伝説の特色として論じる。続いて代表例を自然的・社会的・信仰的伝説の三つに分け、各地の口承と古記録を伝承地を添えて並べる。