作男を助けた子ども姿の地蔵と地蔵田
どんな伝承か
加須市に伝わる話。昔、欲深い地主のもとに、のんびりしたお人好しの作男が奉公していた。地主はふだん四、五人がかりで一日かけて植える田の畦を壊して一枚にまとめ、毎年一日で済ませている田だから今日中に植えてしまえと命じた。途方に暮れた作男のところへ子どもが現れ、手伝うと言うなり驚くほどの速さで苗を植え、たちまち田は植え終わった。作男が汗をぬぐいながら名を尋ねるうちに、子どもは田の脇の地蔵の中へ入ってしまった。それでこの田を地蔵田と呼ぶようになったというが、その地蔵が今どこにあるかは分からないという。
原典より
そこへ子どもがやってきて、「手伝ってやっかんねえ」といったかとおもうと、もう植え出していたが、その早いこと早いこと、作男も口あんぐりしてみていると、忽ち植え終ってしまった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。