三月三日の高間堤と河童の相撲
どんな伝承か
筑後八女郡中広川村の高間堤の付近では、毎年三月三日は誰も通行しないという。昔、節句で酔った若者がこの堤を通りかかると皿をかぶった血まみれの小童が現れ相撲を挑み、投げても投げても新手が現れて十七、八人の小童がわめき回った。若者が河童と気づき手に唾して身構えると、蜘蛛の子を散らすように消え去ったという。
原典より
それからこいふもの三月三日に高間堤を通るものがなくなつた。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。