河童に勝った力士が水に消える
どんな伝承か
筑後は近世に名力士を多く出した土地である。いつのころか、久留米の力自慢の力士が、夕立のあとの夏の夕方に水天宮へ詣で、筑後川の水際で景色に見とれていた。すると川から河童が三匹上がってきて相撲を挑んだ。力士はたちまち三匹とも負かし、河童が数百の仲間を呼んでもかなわなかった。勝ち誇った力士が悠々と手を洗おうとした瞬間、あっという声とともに水煙を残して姿が消えた。水の中では千人力という河童に、とうとう引き込まれたのである。また久留米の小頭町には、河童と相撲を取って勝った河童カメタンという人がいたと伝えている。
原典より
言ふまでもなく水中に於ては千人力をもつこいふ河童のために終に水に引込まれたのであつた。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。