宮木長者の怨霊と諏訪の森の火
どんな伝承か
筑後の三潴郡津福村に住む宮木長者の美しい娘は、同じ郡の安武村の西野長者の跡取りに嫁ぐことになった。婚礼の日は大雨で筑後川があふれかけたが、日延べはできないと、近くの村々から稲藁を集めて両家の間に敷き並べ、花嫁はその上を通って嫁いだ。今も残る稲土居の名はその名残という。二十年後、両家は不仲となり、病床の宮木長者は娘に会えないまま世を去った。遺骸は財宝を添えて諏訪の森に葬られたが、宝暦のころ墓を暴いた盗賊は長者の怨霊に殺された。怪火となって現れる怨霊を、安武村の神官は宝暦六年に諏訪神社として祀ったが、火は今も白角折神社のあたりまでさまようという。
原典より
しかしこの怨靈の怪火は今もなほ折々白角折神社の邊まで徘徊しこれを目撃したものが少くない。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。