服部家の門内に祀られた水天宮の札
どんな伝承か
津島市の郷土史家堀田喜慶は、慶応三年に尾張国中島郡下津郷の村瀬周一が記した「天降神仏御記録」という膨大な古文書の存在を著者に伝えた。この記録には、慶応三年十月から十二月にかけて、津島牛頭天王・熱田大神宮・秋葉大権現など多数の神仏の御札や御守りが尾張各地の家々に次々と天降ったとする記述が残されており、著者は堀田氏の仲介でこの資料を稲沢市の郷土史家桜木氏から借り受け、写真に撮って保存したという。
原典より
拙宅には慶応三年十月二日天降りになり、早速社頭を新調して、修験者を招いて神納めを行い、神前で「湯の花」の神事を行ないました。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。