夕立の夜に椎の木から出た火の玉
どんな伝承か
服部家に水天宮が降って四日目の慶応三年十月五日の夜、屋敷で篝火を焚き村人が獅子舞や踊りを奉納していると、にわかに激しい夕立となり、大勢が長屋や本宅へ逃げ込んだ。すると組頭の源介や出入りの長五郎らが知らせに来て、いま坪の内の大きな椎の木の三の枝あたりから人の顔ほどの火の玉が現れ、その下に胸当てのような金襴らしいものが見えたと言う。一同がひれ伏していると、しばらくして火の玉は五幣のような形となって東へ向かい、屋根の上を飛んで行った。人々は神様が賑わいをご覧になったのだと恐れ慎み、空が晴れると夜まで踊り続けたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。