霊鳥の神示と赤倉山の孔雀石
どんな伝承か
昭和四十三年四月、名古屋の実業家渡辺常光(六十九歳)は、六年前に伏見稲荷大神のお告げによって岐阜県本巣郡根尾村字下大須で掘り出されたという天下の奇石「根尾孔雀石」を一目見ようと、その発見者である神通者若森常次郎を訪ねて自ら車を駆った。下大須は根尾村大字松田からさらに北へ約六キロ、山間僻地にあり、名古屋から片道二時間近くを要する行程だった。渡辺は前年に酒井正三郎博士から手渡された小冊子「孔雀石物語」でこの石の存在を初めて知り、はるばる現地まで足を運んだのだった。
原典より
それは恰も鳥の囀るような微妙な声であって、若森さんの耳には「霊鳥地下に棲む」と響いたのだった。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。