女たちが山袴を脱いでいく根尾の地蔵堂
どんな伝承か
越前から美濃の根尾谷へ越えた折に聞いた話である。根尾の宿を眼下に見下ろす岡の端に地蔵堂があり、そこには常に幾つもの山袴が脱いで置かれているという。奥在所の女たちが市へ出てくるとき、途中まではその山村の風俗のままで来るが、町では笑われるのでこの堂のところで袴を脱いでいくのである。こうして風俗の上に自然と一つの境界線が出来ていた。那須から会津のほうへ行けば女でも平気でもんぺを穿いているといい、新しい平地の流行が仕来りと便利とを征服するのは無造作ではないと語られている。
原典より
之に就てふと思ひ出したのは、會て越前から美濃の根尾谷へ越えた時に、根尾の宿を眼の下に見る岡の端の地蔵堂に、常に幾つかの山袴が脱いで置かれるといふ話を聴いた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。