柳田村で迎えた真澄の雪の正月
どんな伝承か
天明四年の秋、菅江真澄は越後を通って羽前の鼠ヶ関に着き、羽黒の三山に登って酒田に出、吹浦・象潟を見物して矢島に入った。鳥海の北麓では十月の初めに早くもひどい風雪に遭い、山を越えて雄勝郡の西馬音内に遊び、次の月には柳田村の草薙氏の家に引き留められて冬を過ごすことになった。道を行く男女が目すだれというものを掛け、雪に眼を傷めることを防ぐと書いている。真澄の雪の正月の第一回の記録は、この雄勝郡の柳田から始まる。日記の名は「小野の古里」といい、粟穂稲穂を餅で作ること、瓢箪の形のヲカの餅、オケラの根を焚いて悪い病を除ける仕来りなど、異なる風習が細かに記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。