教祖の声に迷夢から覚めた記者
どんな伝承か
父を亡くした鎮という人物が、大本教の霊学を用い、女性を「取次道具」として一時的に父の霊を降ろしてもらい、亡き父と語り合った。父は「わしをこっちへ呼んでくれたのか」と尋ね、鎮は父の死後、丹波の綾部にある大本教本部へ修行に出て新しい信仰生活に入ったことを告げる。生前熱心な金光教徒だった父は、金光教も大本教も同じ艮の金神を祀る教えだとして息子の入信を咎めず、あちらの世界でも金光様に世話になっていると喜ばしげに語り、信心第一に励むよう諭したという。
原典より
かう、低い声であるけれども百雷の一時に轟くやうに底力のある声で、つづいて云はれた時には、私は無明百年の迷夢がさめたやうな気がしました。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。