金竜殿の鎮魂で口をついた金神の名
どんな伝承か
大正七年十一月末、東京の青年実業家滝川辰郎は、大本に走った妹を連れ戻そうと京都府綾部へ乗り込んだ。ところが翌日、浅野和三郎に会ったのち、妹と大本の講演場金竜殿で浅野の講演を聞き、そのまま鎮魂の行を受けることになった。審神者の唱える数歌と石笛の音を聞くうち、組んだ両手が震え出して体が跳ね上がり、名を問われると腹の底から何かが込み上げ、ウシトラノコンジンサマという言葉が勝手に口から飛び出して、体は畳に平伏した。その夜、浅野宅で再び鎮魂を受けると、今度は八年来憑いていた鳶の霊が現れたという。
原典より
滝川さんが「おやッ!」と自分でも驚いたほど、頓狂な大声がひとりでに飛び出した。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。