出口なほに初めて起きた神懸り
どんな伝承か
大本教の教祖出口なほは、丹波綾部の大工出口政五郎に嫁いで八人の子をもうけたが、夫に先立たれてからは屑買いまでして貧しい暮らしを支え、そのかたわら形ばかりの祭壇で水行と敬神を続けていた。明治二十五年の旧正月元旦の夜、なほの身に突然「霊異」が起こり、夢うつつのうちに幽冥界へ入って多くの神々に会ってきたと語った。大本教ではこれを神懸りの始まりとし、お筆先もこの頃から書かれ出した。以後なほは予言めいた言葉を口にするようになり、気狂い婆とあだ名される一方で、生神様と仰ぐ田舎の人々も現れた。著者は、眠りに入る間際の幻覚による人格変換にすぎないと断じている。
原典より
さて、明治二十五年舊正月元旦の夜になつて、突如教祖の身體に『一種の靈異』が現はれた。—— 變態心理と犯罪(中村古峽) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
變態心理と犯罪(中村古峽)
『變態心理と犯罪』は、雑誌『變態心理』を主宰した中村古峽による変態心理学の論集である。二重人格・夢遊病・狐憑き・神隠し・催眠術を心理学の立場から解き、大本教・天理教・金光教の神懸りを妄想や人格変換として退け、霊能を称する火渡りや針刺しなどの実験の種を明かす。終わりには迷信や二重人格のからむ大正期の犯罪事件の実話を収め、著者自身の被験者や綾部の大本教訪問の見聞も例に引く。