三つの死が生んだ死後への問い
どんな伝承か
東京外国語学校に通っていた大正七年当時、神田中猿楽町の下宿で同宿の岡山県出身の石賀茂が見せてくれた読売新聞の身上相談欄に、京都府下の宗教団体が『世の立替え立直し』を説いているという投書が載っていた。同じ年の暮れ、恩師篠田賢易、岡山の父、東京の嫂が相次いで世を去り、二か月足らずの間に身近な三人を失った衝撃から、著者は死後の世界への疑問を強く抱くようになったという。
原典より
人間は死んでどうなる? この千古の疑問こそ、日夜私を悩まし続けている最中なのでした。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。