津島への探訪と田祭り神事の思い出
どんな伝承か
昭和四十三年十一月二十一日、著者は南山大学昭和区の職員宿舎「ミカエル寮」から助手の大岩勉に迎えられ、津島市への調査旅行に出発した。名鉄電車で津島に着くと、南山大学大学院生の佐藤徳潤が出迎え、まず津島第一の名所である津島神社(重要文化財)へ案内された。百年前に降った天降り神符仏札に関する資料を津島付近で見つけられないかという調査旅行の始まりであった。
原典より
あの神事で、一人の年取った百姓男が神殿と拝殿の中間土間を左右に往きつ戻りつしながら、さまざまの農耕所作を演じて、その間、神に対し、或いは祈願し或いは感謝する心情を、素朴な形式で表現するのを私たちは見た。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。