出口直に金神が神憑り
どんな伝承か
百姓上がりの金光教祖・金光大神が明治十六年に神上りしてから九年目の明治二十五年旧正月一日の真夜中、金光教で祀られたのと同じ金神が、今度は所と人を変えて丹波綾部に住む大工の寡婦・出口直に神憑ったという。明治二十五年に大本教祖の手を通じて出されたお筆先には、この出口直に苦労を命じて世に出させる、金神は金乃神である、神国の世になる、といった文句があった。著者は大本神諭を繰り返し読むうち、金光教の金乃神と艮の金神が名は違えど同一神であることを次第に信じるようになり、綾部を再訪して亀嘉という旅館に十日ほど泊まり、毎日大本へ通ったと語る。
原典より
ところで、百姓上りの金光教祖が明治十六年十月十日早暁、備中大谷で神上りしてから九年目に当たる明治二十五年旧正月一日の真夜中、この同じ金神が、今度は所と人とを変えて、…—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。