座敷牢の柱に釘で書いた最初のお筆先
どんな伝承か
明治二十五年正月に初めて神憑りになって以来、出口直は自分の意志によらず言葉が口をつくままに夜昼となく大声でどなり、人々から狂人扱いされた。近所迷惑という理由で、警察の注意により旧三月七日、出口家の元屋敷に組内の人々が座敷牢を作り、四十日間閉じ込めた。ある日、直は腹の中の神に、こんな大声では発狂者と思われ肉体も苦痛だ、穏やかな方法にしてほしいと訴えると、筆を取れと告げられた。文字を知らぬ直が当惑していると、神がお前が書くのではない神が書かせると重ねて言う。転がっていた一本の釘を取ると手がひとりでに動いて柱に何か書きつけた。これがお筆先の始まりで、以後二十二年間に約三千冊を書いたという。
原典より
其処らじゅうを見廻わすと、好いあんばいに、一本の釘があったからそれを取り上げたところ、不思議にもひとりでに手が動いて、座敷牢の柱に何か書きつけた。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。