艮の金神の神がかりと座敷牢の四十日
どんな伝承か
京都府綾部の出口なおは明治二十五年(一八九二)、五十七歳で初めて神がかりになった。その前の二年続けて、嫁いだ三女と長女も神がかりとなり、急ごしらえの座敷牢や柱への縛りつけ、滝打ちなどで手当てされていた。寡婦で家は破産し、糸引きや屑買いで暮らしていたなおは、憑いたのは狐か狸かと疑ったが、神は自ら艮の金神と名乗った。近所の者は狐憑きと見て行者のもとへ連れて行ったが収まらず、放火の疑いで拘引されたのち、翌年、警察の指示で組内が建てた座敷牢に四十日閉じ込められた。なおは牢の柱に釘で文字を刻み、これが『おふでさき』の始まりとされる。牢の中では流行の推量節の替え歌も作った。
原典より
出口なおは、一八九二年(明治二十五)、五十七歳のときに初めて憑依-神がかりを体験している。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。