湖底に沈んだ四十八ヶ村の古文書
どんな伝承か
大同元年、磐梯山が大爆発を起こし、麓の四十八ヶ村が一夜にして湖に呑まれたと語り継がれてきた。晴れた日に舟で渡ると、湖の底に神木の株や鳥居が見えるという。湖北の長坂村の渡部名主家には、沈んだ村々と名主の名を記した古文書が伝わっていた。その写しとみられる書き物が湖南横沢の三坂政吉家にあり、天長二年九月に村々が水底になったとして四十九の村名を並べている。磐梯町の恵日寺縁起も大同元年の爆発と溺死者に触れる。地質学はこの成因を認めないが、沿岸の人々は千年このかた語り伝えてきた。
原典より
大同元年というむかし、磐梯山が大爆発をおこし、麓の四十八ヶ村は一夜にして湖となって湖底に沈んでしまった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。