弘法大師の橋杭岩と石舟
どんな伝承か
弘法大師が楊枝峠をようやく会津へ越えて西へ向かうと、磐梯山は噴煙を上げて薄暗く、麓には濃霧が立ちこめて猪苗代盆地は一面の大湖に見えたという。会津で磐梯明神に逢う約束があったので、湖を渡るためにまず測量の小舟を作らせ、次に橋を架けようと倉手山の岩肌を錫杖で叩きまわったところ、手頃な石の角材が積み重なった岩場を見つけて杭打ちにかかった。ところが霧が晴れて戸ノ口あたりまで陸が見え、架橋は中止となった。それゆえ倉手山の岩場には角材のような石が無数に転がり、壷下浜から出た測量舟は長浜の東磯で化石となって残り、弘法の石舟と呼ばれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗))
福島県猪苗代町(会津)に伝わる口承を語り手付きで網羅する。昔話は猫と単・ほととぎす・かちかち山・猿蟹合戦などの動物昔話、五月節句の菖蒲とよもぎ・澄子と清子・朝鮮の桃太郎・話三両・亀ヶ城の女中の一つ目小僧・花咲爺さん・竹の子童子・猿むこ入り・笠地蔵・こぶ取り爺さん・姥捨て山・片目の爺さまなどの本格昔話を収める。