横浜の神札天降り
どんな伝承か
慶応三年十一月中旬、江戸から来た書状には、両三日前より横浜表にも頻りに神札が天降っていると記されていた。当地の人心も何となく浮き立ち、陽気が満ちていたという。同じ頃、東海道筋や信州にまで広がった「お札降り」の狂騒は、伊勢や高松にも及び、佛像や小判までも降ったと伝わる。人々は新しい衣を着て踊り歩き、通行人にまで酒食を振る舞ったといい、当時の社会不安を映す出来事として記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り(土屋喬雄)
『日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り』は、土屋喬雄の論集『日本社会経済史の諸問題』のうち、昭和六年に『中央公論』へ発表した論考「維新のお札降り」を収めたものである。慶応三年秋から京都・大阪を中心に起こり、東海道や江戸、淡路、高松にまで広がったお札降りと「えいぢやないか」の騒ぎを、大隈重信らの目撃談、幕臣の手記、流行唄、年表類から描く。騒ぎの背景に開港後の物価騰貴と王政復古への期待を見て勤王派の関与を論じ、末尾に次章の冒頭が続く。