記念写真に写った娘
どんな伝承か
明治初年、この地で水害があり、堤防が決潰したことがあった。その時、婚約中の娘が一人行方不明になった。その翌年、堤防の修築工事が竣工し、関係者が並んで記念写真を撮った。でき上がった写真を見たら、行方の分からなかった娘の姿がぼんやり写っていた。誰かの発案で写真を撮ったあたりを掘ってみたら、その娘の死体が見つかったという。
原典より
明治初年この地で水害があり、堤防が決潰したことがあった。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。