位牌が鳴った夜に帰ってきた娘
どんな伝承か
武家が威張り、町人百姓を構わなかった頃、村々では器量よしの娘が時々ふっと見えなくなった。ある娘を失った家では探し疲れ、その日を命日として仏壇に新しい位牌を据え香華を手向けていた。すると丑の刻、位牌がゴトゴトと鳴り出し、夜ごと激しさを増した。折しも隣国の漁村の曲馬小屋に、赤い寝衣の娘がいて、ええじゃないかで国境の番所が解き放ちのため、月夜に忍び出た。やがて数年前に消えた娘の声がして、母が雨戸を開けると、我が娘が立っていて、二人は抱き合い嬉し涙を流したという。板野郡板西町の話。
原典より
お武家さんといふものは随分威張つたものだつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。