二月に磯ノ浜へ出かけた潮湯治
どんな伝承か
陸奥守山領の村人が、水戸領の磯ノ浜へ潮湯治に出かけた記録が二度残っている。弘化二年に一人、安政二年に二人である。前者の青木専三郎は、持病の症積が薬で治らず、主治医の藤恭瞭に勧められたとして、三週間の入湯を願い出た。ただし二度とも出立は二月で、海に浸かるには寒すぎる。昼田源四郎は、貝原益軒が『養生訓』に記した、海水を井戸水で割ってから浴びる作法や、塩水を使う蒸し風呂である塩風呂を挙げ、潮湯治とはその種のものだったのではないかと推している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。