時化の前夜に行き来した万灯の汽船
どんな伝承か
大正十一年の秋、この地の巾着網の漁船が奈良尾へ向けて出航した。ちょうど夜の十一時頃で、時化前の風により午前二時頃から雨がぽつぽつ降り出した。乗組三十名ばかりのうち、十七歳の若者が二人だけ起きて船を漕いでいた。すると万灯のように灯をつけた汽船が現れ、恐ろしく速い速力で近寄って来る。ぶつかるかと思うと、すっと身をかわして訳の分からぬ速さで消えて行った。数回往復するのを見たが、軍艦や大汽船の多い海域なので気にも留めなかった。後で大人に聞くと船幽霊だという。翌日はひどい時化であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 偽汽車(松谷みよ子・現代民話考(ちくま文庫)・2003年(平成15年))
『現代民話考――偽汽車』は、松谷みよ子が編んだ『現代民話考』全十二巻の第三巻で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。鉄道開通のころ狸や狐が汽車に化けたという偽汽車の話、船幽霊や幽霊船など海の怪談、タクシーの幽霊など自動車や列車の怪談と笑い話を、全国の回答者の聞き書きや新聞・雑誌・書籍から集める。三章それぞれの冒頭に考を置き、話ごとに本文と分布を並べて地名・話者・出典を添える。