正直に加護ある事 附豪家其気性の事
どんな伝承か
浅草蔵前の札差、一説には伊勢屋四郎左衛門という人が、下谷の茶屋で器量のよい女と一夜を過ごし、帰りに鼻紙袋を置き忘れた。中には印形の手形が入っており、女は捨て置けずに悩んでいたが、出入りの車力に蔵前の伊勢屋を尋ねると、ちょうどその件で頼まれていた者だった。札差の家では御切米手形を失って家中が嘆いていたので大いに喜び、親子で茶屋を訪ねて礼を述べ、女から袋を受け取った。親方は心よからぬ者と聞くと、女を嫁に申し受けたいと掛け合い、給金十四両ほどの年季の者と知りながら三百両を払って縁を切らせ、嫁に迎えた。豪家らしい気性だと人は語ったという。
原典より
以来親元其外へ無構之証文を認、金子三百両渡しければ、親方も大に驚き、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。