閻魔王に追い返された安基と葛井寺
どんな伝承か
河内国の葛井寺は、藤井安基が願を立て、行基菩薩が開いた寺だと伝わる。大和国の加留の里に住んでいたころの安基は信心のない男で、鹿狩りの折に山の破れ堂の仏壇を壊し、本尊を割って薪にし、鹿を煮て食べたのちに息絶えた。妻子はあまりのことに三日三晩野辺送りもしなかったが、安基は生き返って冥途の様子を語った。身に火がつく道を童子に手を引かれて閻魔王の前に出ると、堂を壊し仏を焼いた者として許されなかったが、重ねての取りなしがあってこの世へ返されたという。その後安基は行基の弟子となり、一宇を建てて仏を刻んだ。
原典より
閻魔王は罪を考へ、堂を毀ち佛を焚きし者なればと……されざりしを、…—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。