夢枕に立った鎌倉の観音像
どんな伝承か
上広瀬の禅竜寺はかつて尼寺であった。山門を入ってすぐ左にある観音堂(扁額は三仏堂)の本尊である十一面観音像は、鎌倉を追われて広瀬に住みついた野島某という武士が安置したものと伝わる。野島某は身の丈七尺の大男で名高い豪傑だった。ある夜、その夢枕に観音像が現れ、あれほど信心していた私をなぜ一緒に連れて来なかったのかと問うた。野島某は深く悔い、その日のうちに鎌倉へ赴いて日ごろ信仰していた観音像を厨子に納め、背負って広瀬へ戻り、堂を建てて安置した。これが禅竜寺の観音堂だという。
原典より
昔、上広瀬の禅竜寺は尼寺であった。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当))
『狭山市史 民俗編』は、狭山市の市史のうち民俗を扱う巻で、ここにはその「五 伝説・昔話・世間話」の部分が収められている。堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で古老の座談会と個別の聞き取りによって集めた話を、話者の地区・名・生年を添えて載せ、不老川や堀兼の井、影隠地蔵、キツネ、豪商綿貫家の話などを含む。伝説は水・動物・植物・地名・人物・塚・神仏・地蔵・妖怪変化など十項に分け、話ごとに[解説]を付す。