住吉踊りで送られた御祓と百年祭礼
どんな伝承か
羽田八幡宮の伊雑宮一百年祭礼は、七月二十三日に北側・中郷・百度・西羽田・西町・西宿の村々から幟や提灯が寄進されて始まった。西羽田に降った御祓は西羽田と百度の若者・子どもが住吉踊りで送り届け、夜には神楽が奏された。二十四日には御祓を八幡宮の廊下に飾って御鍬宮と同じ供物を供え、終日神楽を行い、深夜に村役人と四嶋の惣代十六人が羽織袴で神事に列した。広庭では神酒五樽と甘酒が人々に振る舞われ、二晩の賽銭は四貫六百二十文に上った。二十五日は若者に酒一樽を出して一段落した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。