三日で終えた羽田八幡宮の降札祭り
どんな伝承か
羽田村では七月二十二日に西羽田へ伊勢の御祓が降り、翌二十三日から羽田八幡宮で祭礼が始まった。二十三日は近辺の村々から幟や提灯が寄せられ、御祓が住吉踊りで送られて夜に神楽が奏された。二十四日は廊下に御祓を飾って終日神楽を行い、深夜に村役人と惣代が羽織袴で神事に列し、広庭で神酒や甘酒が振る舞われて祭りは頂点に達した。二十五日には後片付けをして若者たちを酒一樽でねぎらった。著者は、この三日間の流れも牟呂村の二夜三日正月と同じ型の祭りではなかったかとみている。
原典より
* 「萬歳書留控」* 「幸ひ御鍬と一同二可祀」* 「伊雑宮一百年祭礼」* 「故障」の申し立て* **IV 御鍬百年祭の展開*** 岡崎周辺――「御鍬太神宮百年宝祭」* 豊川周辺――「御鍬御祭礼…—— ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。