天王社の杉に降った濡れない御祓
どんな伝承か
文政十三年、牟呂村は夏の日照りが続き、たびたび雨乞いが行われていた。そのころ諸国に御祓が降るという評判が立ち、御蔭参りが盛んになる。牟呂の若者たちが八幡宮や天王社にこもって雨と御祓を祈っていると、ようやく大雨になった翌朝、天王社の正面の杉の木の間に伊勢内宮の御祓が立った姿で降りていた。ひどい雨の後なのに少しも濡れていなかったという。御祓はいったん天王社の拝殿に納めて役人に届け、夜更けに杉の葉で作った宮形に入れ、禰宜の源三郎を先頭に村人が御蔭踊りで行列して八幡宮へ移した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。