真福寺に降り村に渡されなかった御祓
どんな伝承か
文政十三年の御蔭参りの折、牟呂の中組に属する外神村の真福寺の境内に伊勢の御祓が降った。坂津・外神の両村の者が、この御祓を村方に下げ渡してほしいと真福寺の住職に願い出たが、寺の地内に降りたのだから寺で納めるべきだとして聞き入れられず、村人たちは力なく引き上げた。牟呂八幡宮の宮司森田光尋が、父の代の出来事として『留記』に書き留めたものである。この後、村方では雨乞いの最中に天王社の杉に降った内宮の御祓を八幡宮へ迎えて祝うことになる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。